吉相印章・開運印鑑なら創業大正11年、完全手彫りの「印可<インカ>」へお任せ!
実印・銀行印・認印・会社法人印をこだわりの鑑定と確かな技術でお作りします

印面右-法実 印面正面-実 印可ロゴ 印面正面-角 印面左-銀
 
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てんこく教室
   
  タイトル02

◎幸せの輪が広がっています
お客様のお喜びの声

◎13年前に銀行印を吉相印章で作ってもらいました。とても美しい印鑑で何と言っても捺印が綺麗なのです。細い円としっかり存在感のある字がクッキリと押せるんです。これって快感ですよね。それと吉相印章の効果と言えるかは定かですが、3年前35年の住宅ローンを15年で完済することが出来ました。もちろん一生懸命頑張って働いた結果だとは思うのですが、効果の一つかな〜って思ったりもします。

(兵庫県 女性:ご本人の銀行印をお作りくださいました)


◎私たち家族にとって印可さんの吉相印章は欠かせない存在となっています。銀行通帳や契約書などは全て吉相印で統一しています。会社ではみるみる昇給し蓄財もでき不思議とお金に困ることはありません。さらに東京に転居いたしまして、しばらく賃貸住居で暮らしていましたが、最寄りが田園調布という好立地に新築マンションを購入をすることもできました。その際の契約書等にも勿論、吉相印で押印いたしまして、いまは家族で快適に暮らしています。
人生の節目節目には印鑑が必要になりますが、印可さんの吉相印を押印するたびに、作っていただいた時のアドバイスを思い出しては初心に還る思いです。またこれからももっと活躍していくことと思います。どうもありがとうございました。

(東京都 男性:ご本人の実印・銀行印等をお作りくださいました)


◎私がはじめての会社を設立したときに実印をお願いして以来、2社目以降も実印をつくる必要ができた都度、毎回印可さんに吉相印章をお願いしています。おかげさまで事業は当初の予定を上回るペースで発展していて、わたしと妻、娘の個人の実印づくりでもお世話になりました。
いつもありがとうございます。

(名古屋市 男性:法人実印およびご家族の実印をお作りくださいました)


◎現在、42歳、26歳の時、仕事に対する気持ち、結婚、人生観など、いろんな迷いある時期に、印可の社長である田中さんと出会いました。いろいろ話をする内に、自分自身が完全燃焼できる人生にしてみたいと思う気持ちがでてきました。そして、改名、吉相印に取り組みました。現在は、結婚し、子供も授かり、仕事の方も29歳の時に独立し自分がトップにたって現在に至るまで順調に歩んでます。振り返れば、思い立ったが吉日で取り組んできました。やはりその時に一意専心の心になれずっと今日までこれたので良かったです。ありがとうございました。

(犬山市 男性:ご本人の改名および実印をお作りくださいました)


◎この度、会社の実印を10年ぶりに作り直して頂きました。前回と同じく、スタッフの方の対応が親切、というより「親身」になって頂き、大変「心強く」感じました。「会社なのだから印鑑なんて関係ない」とおっしゃる方もありますが、私どもは、実印も含め仕事柄かなりの頻度で印鑑を使用しています。しかも、取引額も大きく、何回使用しても「慣れる」という事はありません。「心を込めて」押す印鑑ですから、自分で納得したものを持ちたいです。印可さんの印鑑は、印影も美しく、押すたびに「気」がキチンと入ります。これからも、どうぞ宜しくお願い申し上げます。

(半田市 男性:法人実印をお作りくださいました)


◎印可さんとのお付き合いは、平成15年に会社を設立することになり、社印の作成依頼に伺ったのが始まりでした。社名もイニシャルから採る予定でしたが、迷いもあったので、姓名学の観点からみていただき決めました。とても気に入っています。その後、家族の実印・銀行印・認印等も一生物だと思い、良い印材を使い、作っていただきました。その頃は、家庭内でいろいろな問題が山積していましたが、徐々に良くなり今では、落ち着いた生活が出来ています。また、随分悩みの多い娘の結婚もありましたが、姓名鑑定をしていただき、改名し生活してきましたが少しずつ良い方向に向かい、喜んでいます。
良いものを持つと、気持ちも前向きになれるような気がしています。今後もいろいろなアドバイスをいただきながら、お付き合いしていただきたいと思っています。

(安城市 女性:法人セットおよびご家族の実印等お作りくださいました)


◎私にとって印可の吉相印章との出会いが人生の大きな転機となりました。
印可で吉相印章を作って頂いてからしばらくして、ある方のご縁で病院の院長職を任されました。未知の場所で病院の総責任者を任されたわけですから、不安の中での船出でしたが、以前からのスタッフや患者さんに恵まれて、一年ほどすると病院運営にも自身が持てるようになってきました。また、その後に幸運が重なって、この病院の隣地を購入することができました。土地の売買契約書に実印を押す時に『この幸運は、この印章のお陰であったのではないか』との思いが頭の中に浮かびました。私は、神仏に祈ったり、何かに頼ったりすることのない性格でしたので、この思いが不意に頭に浮かんだことは、自分自身でも驚きでした。印鑑作成が、自分自身の運命を好転させるきっかけになりましたので、妻と長男の吉相印章も今年に作って頂きました。

(豊田市 男性:ご本人の実印およびご家族の実印等お作りくださいました)


◎印可さんとの出会いは、私達家族にとって、とても幸運だったと思います。それまでは、印鑑は必要なときの「生活の道具」ぐらいにしか考えていませんでしたが、印可さんに出会ってから、印鑑の持つ意味を知り、日々の気持ちの持ちようまで変わったような気がします。印鑑がいかに重要なものなのか、吉相印とはどんなものなのかということをお聞きし、またお守りであるということも教えていただきました。その時、それまで欠けた認印をそのまま使っていたことを後悔しました。
息子が社会人になったとき、ちょうど良い機会と思って、実印・銀行印・認印をセットで、お願いしました。母としての思いを込めて・・・。すると、期待どおりのすばらしい印鑑が出来上がってきました。この満足感が安心感につながり、また息子にも思いが通じるのだと思います。

(兵庫県宝塚市 男性:ご本人およびご家族の実印等をお作りくださいました)


◎このたび印可さんから「印鑑作成後、ご家族の状況で何かいいことありましたか?」との質問に「・・・いいことねぇ?」と考えてもすぐには浮かびませんでした。長男、次男ともに成人の記念に御守りのつもりでつくりました。お蔭様で、長男は第一志望というわけではありませんが、希望の会社に就職できました。本人なりに壁にぶつかりながらも弱音を吐くことなく頑張っています。次男はマスコミとか映像関係に進みたくて就職活動中ですが、最後の学生生活を満喫しています。義父と主人は縁起のいい開運表札をつくり、義父は87歳になっても元気に毎日を暮らしております。主人はPTA、子供会などボランティア活動に引っ張られながら仕事も順調にこなしています。そんなわけで特筆するようなことは何もありません。しかし、見方を変えると家族全員が、健康で平穏無事なことが100点満点だと思っています。

(豊田市 女性:ご家族の実印等をお作りくださいました)


私は半田で牧場を営む者です。
田中君は中学校以来の親友で、何かあるといつも相談に乗ってくれる頼りになる存在の人でした。そんなこともあって、田中君が大阪での修行を終えて最初に彫る印鑑を、是非自分の印鑑にと、お願いをして銀行印を彫ってもらいました。〈実印は、既に先代に彫ってもらっていたので〉その当時、乳牛が30頭位、肉牛が30頭位しかいませんでしたが、その印鑑のおかげか現在では、第2農場を富士山の麓に持つことが出来、乳牛・肉牛あわせて1,200頭の牛を飼うことができるようになりました。規模拡大の途中、牧場を法人化し、その時の会社印も田中君に彫ってもらいました。今は、とても満足しています。

(半田市 男性:ご本人の銀行印および法人実印をお作りくださいました)


「先祖の面倒を見ていくご主人だね」話はそこからはじまった。「えっ?!」主人は次男。3つ離れた兄がいる。そのときは。それから半年後、兄が突然他界した。悲しんでいるまもなく、もともと折り合いの悪かった義姉は、義母と先祖を置いて子供と出て行った。
高齢の母を一人にしておけず、我が家が同居することとなった。めまぐるしくライフスタイルが変わっていった。主人の人生はもっと変わった。次男から長男へ、家族が同居にあたってうまくいくように、和合の印鑑を印可で作っていただくことにした。おかげさまで大きなトラブルもなく義母と同居生活を送っています。これも印可さんの印鑑のおかげです。娘たちも大ファンです。感謝しています。これからもよろしくお願いします。

(河和市 女性:ご家族の実印等をお作りくださいました)


社会人三年になっていましたが、将来の人生設計に迷いを感じていた時、印可と出会い、アドバイスと鑑定をしてもらい、実印を作りました。
それからか、迷いが無くなり、大きく一歩を踏み出すことが出来ました。

(刈谷市 女性:ご家族の実印等をお作りくださいました)


私が結婚した時に、母が夫と私に印可の印鑑を贈ってくれました。実印、銀行印、認印で、まだ若かった私は、大切な物との認識は有りましたが、高価な物とは知りませんでした。
ある日、夫が知り合いの人に印鑑を作らないか、と言われ自分の持っている認印を見せたところ、認印で是程のものを持っているのなら、もう奨めないと言われたそうです。夫もその時初めて、母からのプレゼントがとても高価な物だと気付いたと言います。
私は20歳のときより、経済的には完全に親からは独立しており、結婚式等に関しても全て自分達で行ってきました。最も夫は大学を卒業したばかりで1円のお金もありませんでした。それぞれの荷物を新居に運んだ時、団地の四畳半の1室に全ての荷物が収まってしまう程、何も無いところからの出発でした。現在、結婚して34年が過ぎました。この年月の間には、様々な出来事がありました。
結婚して、1年9ヶ月目、私が長女の出産で退職して間もなく、夫の会社が倒産、夫婦二人で失業してしまいました。それでも誰に頼る事もなく、次の仕事に就くまで何とか生活する事が出来ました。
夫が30歳になる直前に少しばかりの資金と借金で家を建てました。それから半年後、自宅を事務所に仕事を独立させました。従業員さんも2名程度の小規模事務所ですが、27年間多少の浮き沈みは有ったものの現在に至ります。
4年前の冬、一部凍結した坂道で夫の車がスリップし、街路樹に激突、車は全損でしたが夫は無傷で、事故処理は私に任せて別の車で仕事に出掛けてしまいました。
3年前には、夫に癌が見つかり、早期は既に過ぎステージUの段階で、抗がん剤と食道全摘出の手術を受けました。夫が術後1週間のICUを出たその日に、嫁いでいた長女が切迫早産の恐れでICUに入るという出来事続きの中、私が運転中の新車に追突されるアクシデントまで有りました。
昨年は、我が家の階段で足を踏み外し、腰と背中を強打、救急車で病院へ・・・。幸い9日間だけの入院で奇跡的にも骨折も無く済みました。長女は、現在、二児の母ですが、二人目の時も切迫早産の危険があり、安静を余儀なくされましたが、二人ともほほ予定日に無事出産する事が出来ました。人生、いろんな事が有るのが当たり前で、誰にでも起こり得る出来事ばかりですが、お陰様で今日まで何とか生きて来る事が出来ました。何かに守られている。と、時々感じます。私は特別な宗教を信心している訳でもないし、しいて言うなら日本古来の森羅万象、八百万の神が宿ることを何となく思っている位です。
私は、母がしてくれた様に、娘婿にも孫達にも自分がその時出来る精一杯の思いで、印可の印鑑を贈っています。印を押す時いつも、母が私の人生が幸福であれと贈ってくれた思いを、感じつつ押します。

(春日井市 女性:ご本人およびご家族の実印等をお作りくださいました)

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